アシナガバチ 閉じ込められる
午後四時十二分。
玄関のドアを、もう三時間開けていない。
開けられない、という方が正しい。
覗き穴を見る。
いる。
細い脚をだらりと垂らして、一匹。
ドアのすぐ向こうを飛んでいる。
さっきからずっと同じところにいる。
私はカーテンを閉めた。
窓の外にもいるからだ。
最初に見つけたのは昼だった。
ベランダに洗濯物を干そうとして、窓を開けた。
ブン、と音がした。
すぐ閉めた。
アシナガバチだった。
一匹だけだった。
だから、そのときはまだ笑っていた。
スマホで、
「アシナガバチ いついなくなる」
と検索した。
一時間後。
ベランダに三匹いた。
二時間後。
玄関にもいた。
巣は見つからない。
室外機の裏。
軒下。
排水管。
窓枠。
見えるところには何もない。
なのに蜂だけが増えていく。
午後五時。
冷蔵庫を開ける。
水。
卵。
昨日の残り。
コンビニに行きたい。
玄関まで行く。
靴を履く。
覗き穴を見る。
二匹。
靴を脱ぐ。
午後六時四十分。
宅配便が来た。
インターホンが鳴った瞬間、
外から男の声がした。
「あっ」
それから、
バタバタバタ、と走っていく音。
スマホに通知が来た。
《配達を完了できませんでした》
理由の欄には、
《その他》
とだけ書かれていた。
夜になると、蜂は静かになった。
私は少し安心した。
夜なら出られるかもしれない。
午前一時。
覗き穴を見る。
何もいない。
鍵を開ける。
チェーンを外す。
ドアノブをゆっくり回す。
三センチだけ開けた。
廊下は暗い。
誰もいない。
よかった。
そう思った瞬間、
ドアの上から、
ぽと。
何かが落ちた。
細長い黄色い腹。
床の上で脚が動いている。
私はドアを閉めた。
そのとき初めて気づいた。
玄関の内側にも、
一匹いた。