メス

大型メスカマキリ ビル交尾・都市産卵

大型ビルが立っていた。
大型のメスカマキリも立っていた。
高さは同じだった。
違う。
メスカマキリのほうが少し大きい。
メスだ。
見ればわかる。
卵で膨張した腹部が高架道路を押し潰している。腹節は限界まで引き伸ばされ、節間膜が白く覗いていた。翅はもう腹を覆えていない。
産まなければならない。
そのために来た。
大型メスカマキリは複眼をビルへ向けた。
最上階から地下まで、何万もの個眼で同時に見た。
カク。
首を傾ける。
大型ビルは動かない。
カク。
反対へ傾ける。
まだ動かない。
オスだと思った。
なぜ。
高いから。
細長いから。
立っているから。
違う。
大型メスカマキリがオスだと思ったから、オスなのだ。
ほかに理由はいらない。
触角がビルの屋上へ触れる。避雷針が震え、窓ガラスが一斉に鳴った。
ギチ。
口器が鳴る。
大型ビルは返事をしない。
恥ずかしがっている。
違う。
ビルだからだ。
鎌状前脚が外壁を抱えた。
捕獲ではない。
交尾だ。
棘が鉄骨へ食い込み、ガラスが上から順に砕ける。大型メスカマキリは長い前胸をビルへ沿わせ、腹部を持ち上げた。
位置が違う。
何度も直す。
ビルは協力しない。
大型メスカマキリは怒らない。
虫は建築基準法を知らない。
交尾に向いていない構造物を、交尾に向くまで壊すだけだ。
鎌が閉じた。
鉄骨が曲がった。
大型ビルが傾く。
大型メスカマキリも傾く。
二つの巨大なものが、都市の上で抱き合ったまま倒れた。
地面が一度、跳ねた。
交尾は成立した。
していない。
した。
大型メスカマキリがそう決めた。
それから動かなくなった。
長い時間、倒れたビルへ腹面を押しつけていた。複眼には割れた窓が何千個も映っている。
満足したように見えた。
見えただけだ。
虫に満足はある。
あるに決まっている。
腹部が収縮した。
一節ずつ。
ゆっくり。
生殖節が開き、腹端が崩れた外壁へ触れる。尾角が細かく震え、産卵に適した面を確かめている。
コンクリート。
ガラス。
鉄。
問題ない。
ここに産む。
付属腺から白い分泌物が押し出された。
最初は液体だった。
空気を含むと泡立った。
大型メスカマキリは腹端を左右へ振り、泡を練り、壊れたビルの断面へ塗りつける。
その中心へ卵を一つ置く。
泡。
卵。
泡。
卵。
腹部が規則正しく脈打つ。
一つ。
一つ。
また一つ。
卵は内部で斜めに並べられ、それぞれ独立した卵室へ収められていく。外側では付属腺分泌物がさらに泡立ち、卵室を包み、乾燥しながら硬化していく。
大型ビルの側面に、巨大な卵鞘が育っていく。
十階。
二十階。
三十階。
まだ終わらない。
泡は鉄骨を飲み込み、エレベーターシャフトを塞ぎ、窓を一枚ずつ白く埋めた。
ビルより大きな卵鞘になった。
大型メスカマキリは産みながら、前脚でビルを押さえている。
逃げないように。
ビルは最初から逃げない。
それでも押さえる。
それがメスカマキリの身体に書かれた手順だからだ。
最後の卵が収まる。
腹端が泡の表面を整える。
上部には、幼虫が出るための羽化口が二列に形成されていた。
完璧だった。
交尾だけが間違っていた。
だから全部、正しかった。
大型メスカマキリは鎌を開いた。
役目を終えた大型ビルが、残っていた階から崩れた。
卵鞘だけは崩れない。
タンパク質とカルシウムを含む外壁が硬化し、何千、何万という卵を衝撃から守っている。
メスカマキリは立ち上がった。
産卵を終え、薄くなった腹部を引きずって都市の外へ歩き出す。
一度も振り返らない。
愛していたわけではない。
大型ビルがオスだったわけでもない。
都市が巣だったわけでもない。
それでも季節が変われば、卵鞘の羽化口が一斉に開く。
大型ビルの中から、大型のメスカマキリが生まれる。
全部メスだ。
見ればわかる。