大型メスセナガアナバチ 脳内刺針・産卵シーン
目を覚ますと、腹の上に大型のメスセナガアナバチがいた。
金属光沢のある青緑色。
翅は濡れた薄膜のように背へ畳まれ、細い腰の先で腹部だけがゆっくり脈打っている。
メスだ。
見ればわかる。
産卵管が毒針になっている。
刺すことと、産むことが、同じ腹の先にある。
大型のメスセナガアナバチは、前脚で私の胸部を押さえていた。
逃げなければならない。
脚が動かない。
最初の刺針は前胸部。
針は外骨格の継ぎ目から入り、第一胸部神経節へ正確に毒を入れた。
一時的な麻痺。
施術のあいだ、前脚だけを黙らせる。
殺すためではない。
次を間違えないためだ。
大型のメスセナガアナバチが触角で私の頭部を調べる。
右。
左。
頸膜。
大顎の付け根。
針を入れられる場所を探している。
複眼が近い。
黒い。
こちらを見ているのか、頭の中を見ているのかわからない。
腹部が曲がった。
毒針が頸膜へ触れる。
一度、離れる。
また触れる。
柔らかい場所を選んでいる。
丁寧だと思った。
違う。
失敗したくないだけだ。
針が入った。
頭の中へ。
深い。
針先が脳を探っている。
右へ。
少し戻る。
さらに奥へ。
毒を入れる場所を、針先の感覚で確かめている。
痛みはある。
恐怖もある。
記憶も残っている。
何をされているか理解できる。
なのに、逃げたい、だけが見つからない。
大型のメスセナガアナバチは私を麻痺させなかった。
歩く機能を残した。
触れられた感覚も残した。
彼女の姿を追う眼も残した。
自分で動ける身体から、彼女に逆らう理由だけを抜いた。
針が抜ける。
頭の中に穴は残らない。
大型のメスセナガアナバチが触った場所だけが、静かになっている。
前脚の麻痺が解けた。
立てる。
歩ける。
走ることもできる。
だから逃げなかった。
大型のメスセナガアナバチが触角を咥えた。
硬い大顎が、根元から少し上を挟む。
噛む。
切れる。
片方。
もう片方。
体液が断面から滲んだ。
彼女は口をつけた。
飲んでいる。
私の体液を。
産卵前の栄養補給。
あれほど正確に脳へ毒を入れた口が、今は切断面を舐めている。
触角が短くなる。
世界が狭くなる。
大型のメスセナガアナバチだけが近くなる。
彼女は残った触角の根元を咥えた。
軽く引く。
脚が一歩進む。
もう一度引く。
また進む。
どこへ連れていかれるのかわかっている。
わかっているのに、嫌ではない。
嫌という場所を、さっき針で触られた。
壊されたのではない。
大型のメスセナガアナバチに使いやすい形へ直された。
歩ける。
止まれる。
引き返せる。
引き返したいと思えない。
それは服従ではない。
服従には、逆らう意思が必要だからだ。
大型のメスセナガアナバチに牽かれ、巣穴へ入る。
暗い。
狭い。
彼女は私を奥まで運び、身体の向きを変えた。
幼虫が食べやすい角度。
生きたまま、長く保てる角度。
大型のメスセナガアナバチが腹部を曲げた。
毒針だったものが、今度は産卵管になる。
同じ場所。
同じメス。
刺すための腹が、産むための腹へ戻っていく。
前脚で私の身体を測る。
触角で表面を確かめる。
卵は一つだけ。
一つで足りる。
大型のメスセナガアナバチは、自分の子がどれだけ食べるか知っている。
産卵管の先が、中脚の基部へ触れた。
腹部が収縮する。
白い卵が押し出される。
ゆっくり。
柔らかい。
まだ何にも見えないものが、粘着性の分泌物で私の身体へ固定された。
大型のメスセナガアナバチは離れない。
触角で卵に触れる。
位置を確認する。
次に私へ触れる。
生きている。
歩ける。
腐っていない。
幼虫の餌として完全な状態。
それだけを確認する。
見つめ合ったと思った。
違う。
彼女は私ではなく、自分の卵を見ている。
私の身体は、その下にある肉だった。
脳へ直接触れられたのに、最後まで私は知られなかった。
大型のメスセナガアナバチは巣穴を出た。
入口へ小石を運ぶ。
一つ。
また一つ。
隙間を塞いでいく。
閉じ込めるためではない。
私はもう逃げない。
外から卵を守るためだ。
最後の光が細くなる。
入口に残った青緑色が、小石の向こうへ消える。
最後の小石が置かれた。
暗闇。
腹の上に卵がある。
軽い。
あまりに軽い。
やがて孵化した幼虫は節間膜を噛み破り、まず体液を吸う。
そのあと体内へ入る。
私を死なせない順番で臓器を食べる。
新鮮な肉を長く残すために。
私は選ばれたのではない。
卵一個ぶんの肉として測られた。
脳を直され、触角を切られ、自分の脚で歩き、正しい角度で置かれた。
大型のメスセナガアナバチは、もう次の身体を探している。
次の胸部神経節へ毒を入れる。
次の脳へ針を入れる。
次の逃走意思を抜く。
次の触角を咥えて歩く。
私だけではなかった。
私である必要もなかった。
それでいい。
腹の上で卵が脈打った気がした。
まだ心臓はない。
脈打っているのは私だった。
その区別も、もう必要ない。
メスだ。
見ればわかる。
私の脳を私より正しく使い、私の身体を私より先のものにした。