メス

大型メスバッタ 咀嚼シーン

目を覚ますと、草の匂いがした。
青く潰れた汁の匂い。
目の前に、大型のメスバッタがいた。
メスだ。
見ればわかる。
卵で膨らんだ腹部が地面へ沈み、呼吸のたび、側面に並ぶ気門がわずかに開いている。革質化した前翅は腹を覆いきれず、その下から膜状の後翅が薄く覗いていた。
後脚は左右へ折り畳まれている。
腿節が太い。
内部には跳躍筋が詰まり、その力を受ける脛節には棘が一列に並んでいる。
一度伸びれば、この身体を置いた地面ごと遠ざかる。
だから動かないで見ていた。
巨大な複眼のあいだには三個の単眼がある。長い触角が交互に動き、空気を確かめている。
大型のメスバッタは前脚で葉の縁につかまっていた。
上唇が葉を押さえる。
左右の大顎が横から閉じる。
バリ。
葉脈が切れる。
一対の小顎が切り取った断片を内側へ送り、小顎肢と下唇鬚が忙しなく表面へ触れる。
食べる前に触っている。
味覚感覚子で、食べられるものか確かめている。
バリ。
バリ、バリ。
緑色の断面が細かく潰れ、咽頭の奥へ消えていく。
複眼はこちらを向いていた。
見ているのではない。
広い視野の中に、私も葉も入っているだけだ。
触角の先が額に触れた。
離れる。
もう一度、触れる。
次に小顎肢が頬を探った。
柔らかく、何度も。
ああ、調べられている。
大型のメスバッタは草食性だ。
捕食者ではない。
獲物を追わない。
鎌で押さえない。
毒も注入しない。
目の前にあるものへ口器を当て、感覚子が拒まなければ、ただ左右の大顎を閉じる。
それだけだった。
葉がなくなった。
大型のメスバッタの前脚が、今度は私の身体につかまった。
捕獲ではない。
食物を口元へ固定する動作だった。
爪のあいだで位置を直される。
小顎肢がもう一度触れる。
下唇鬚も触れる。
触れるたび、私についての情報が彼女の食道下神経節へ送られていく。
名前は送られない。
人間であることも送られない。
硬さ。
水分。
塩分。
食べられる。
それだけが残る。
上唇が身体の端を覆った。
大顎が左右から近づく。
外側は滑らかで、その内側にだけ、植物組織を切断し磨り潰すための硬い歯列がある。
綺麗だと思った。
こんなに近くで見られるとは思わなかった。
バリ。
葉と同じ音がした。
小顎が断片を拾う。
小顎肢が次の位置を探す。
バリ、バリ。
噛むたび、頭部の外骨格がわずかに歪む。大顎を閉じる筋肉は頭蓋の内側に収まっている。あの小さな頭の大部分が、噛むために使われている。
複眼は変わらない。
喜ばない。
嫌がらない。
私と葉の違いを考えない。
味覚器官が受け入れ、大顎が切り、小顎が運び、咽頭が飲み込む。
正確だった。
一度も迷わない。
腹部の第一節にある鼓膜器官が、咀嚼の振動を拾っている。
自分で出している音を、自分の腹で聞いている。
バリ。
私も聞いている。
同じ音を聞いている。
それだけでよかった。
後脚は折り畳まれたまま。
翅も開かない。
逃げる必要がないからだ。
大型のメスバッタはその場に留まり、口元にあるものを順番に小さくしていく。
バリ。
バリ、バリ。
食べられたぶんだけ、私が減る。
飲み込まれたぶんだけ、彼女の腹部が重くなる。
やがて彼女は土へ腹端を差し込み、産卵弁で穴を広げるだろう。腹部を伸ばし、卵を送り、泡状の分泌物とともに卵塊を地中へ残す。
そこに私の名前はない。
記憶もない。
大型のメスバッタは、食べたものを覚えない。
ただ卵が育つ。
私だったものが、何に使われたのかも知らないまま。
それでいい。
葉と同じ音になって、最後には卵の中で緑になればいい。